第三九句 

朝茅生(あさぢふ)の をのの篠原 しのぶれど
  あまりてなどか 人の恋しき
      (参議等:さんぎひとし)

朝時期の 己の肢の腹 しの振れど
  あまり保(も)たずに 人のが恨めし
       (詐欺不太:さぎふふとし)


解釈:
 朝だけしか役に立つ状態にならないので、自分の大切な腹の肢を人目を忍んでしきりに振ったがあまりにも持続性が無く、他人の物が恨めしい。
 作者の名前は本名では無く、当時作者と一夜を共にした女性達がつけたあだ名だと言われています。
 当時は、男性が女性のもとへ通うのは夜でしたが、作者は朝しか女性のもとへ通いませんでした。
 怪しいと思った女性達が「朝の男性の生理現象を利用しただけの詐欺行為であり、不太(太からず)だった事」を怒り、こう呼ばれたようです。高齢だった詠み人の枯れた姿が、短い文の中に見事に散りばめられていますね。

目次

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はじめに

お蔵入り百人一首とは(その1)改訂版
お蔵入り百人一首とは(その2)
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第一句  (あかのたの ・・・   わがしたごろもは ・・)
第三句  (あしびきの ・・・   ながながしーは ・・)
第四句  (たこのうりに ・・・   ふしのかりねに ・・)
第七句  (われのはら ・・・   三重の山 ・・)
第八句  (わがいぼは ・・・   ようちえんじと ・・)
第九句  (はなのかげは ・・・ 我が身夜に振る ・・)
第十句  (これやこれ ・・・ ふるもふらぬも ・・)
第十一句(くだんばら ・・・    ままにはつげよ ・・)
第十二句(あわてずに ・・・   おのれの姿 ・・)
第十三句(きくばなの ・・・   こえにつもりて ・・)
第十七句(千早振るも・・・  あらくれないので)
第十九句(なにあなた・・・  たらでこの世を ・・)
第二十句(さびぬれば ・・・   みそをつけても ・・)
第ニ一句(いまでると ・・・   ありったけの ・・)
第ニニ句(ふくからにゃ ・・・   むりやりふくと ・・)
第ニ三句(つぎみても ・・・   わが身ひとりが ・・)
第ニ八句(やまいもに ・・・   ひとめにくさが ・・)
第三ニ句(やまのたで ・・・   ながれもかわり ・・)
第三三句(ひざかたの ・・・   しっぷきかなく ・・)
第三七句(しらくもに ・・・   かゆさとまらぬ ・・)
第三九句(あさじきの ・・・   あまりにもたず ・・)
第四十句(しのぶれど ・・・   どうかしたかと ・・)
第四一句(こいしちょる ・・・   ひとしれずほど ・・)
第四ニ句※(ちぎりきれ ・・・   末のまっちゃん ・・)
第四五句(あわれとも ・・・   身の悪戯にも ・・)
第四六句(うらのとで ・・・   行くえも知れぬ ・・)
第五四句(わすれじに ・・・   きょうがかぎりの ・・)
第五六句(あらいざらい ・・・   いもふたたび ・・)
第五七句(めくりあきて ・・・   くろがくれにし ・・)新着
第五八句(ありゃあまあ ・・・   いでそなふんも ・・)
第六一句>(いにしゅうの ・・・   けふここまでも ・・)改定版
第六七句(はるのよの・・・  かいなくたたむ ・・)
第六九句(あらしおの ・・・   たったのかわの ・・)
第七五句(ちぎりおきし ・・・   あわてて今年も ・・)新着
第七六句(わたしのを ・・・   きみょうにまがる ・・)
第八三句(いえのなか ・・・   やまのかみにも ・・)
第八四句(ながらへは ・・・   うしをみすれば ・・)
第八八句(なにはへの ・・・   みをつくしても ・・)
第八九句(たまのおよ ・・・   しおふることで ・・)
第九十句(みせなはれ ・・・   ぬれてはかわき ・・)
第九ニ句(わがそでは ・・・   ひともしってる ・・)
第九六句(はなさそう ・・・   ふりゆくものは ・・)
第百句 (ももしきを ・・・   ひとのあまりある ・・)
※は東北大学文学部卒の先輩から寄稿頂いた作品です。
番外
うたがい始(子年)(うまどしに・・・)
うたがい始(戌年)(みちばたで・・・)

第八九句

玉の緒よ 絶えなば絶えね ならがえば
  忍ぶることの よわりもぞする
   (式子内親王:しょくしないしんのう)
   
玉の尾よ 耐えなば耐えね 長えば
  塩振ることで 夜這いもぞする
   (触診nice陰嚢:しょくしないしんのう)

   
解釈:
 我が物よ。長くなりたければ、じっと耐えに耐えろ。
 塩をふりかけられて、鍛えられて、立派になれ。
 決してナメクジのように縮んではならぬ。
 そうすれば、いつかきっと夜這いもできる日がくるから。
      
 粗塩などで塩揉みしたら痛そうですし、逆効果の様な気がします。
 作者は、名前からも判るように妄想の固まりのような人物だったようです。

第三七句

白露に 風の吹きしく 秋の野は    
     つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける
      (文屋朝康:ふんやのあさやす)

白雲に 古奈の吹きしく 柿の夜は
    かゆさとまらぬ 玉も晴れたし
     (糞爺&娑粕:Hunya & Sakasu)


解釈:
 「白い雲が古い奈良の都の夜空を吹き流れている。
 玉のような月の光に実った柿が美しく映え、毎晩でも通いたい」という解釈が研究者の間では長年の通説となっています。
 しかし、このようにまともな歌がお蔵入り百人一首に選ばれるでしょうか?
 
 「白癬に 粉の吹きしく 柿の様に
    痒さ止まらず 玉も腫れたし」が本来の詠み方だと思います。
 
 また「吹きしく」の「吹く」は「古く」の掛詞ともなっていて、「古奈」の「古」と相まって、かなり干し上がった「干し柿」の意味になっています。
 従って、「インキン・タムシに罹って、粉まで吹いて 干し柿の様になってしまった。痒さが止まらず、掻きすぎたため玉は腫れあがってしまった。」という解釈が正しいと私は考えております。
 作者夫婦は、後に舟遊び中に流され、アメリカ大陸にたどり着き、昭和40年代のヒット曲「カリフォルニア・ドリーミング」を作ったパパス&ママスの祖先であると言われています。

第七六句

わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの
  雲居にまがふ 沖つ白波 
  (法性寺入道前関白太政大臣:
   ほうしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん)
     
わたしのを 取り出して見れば かさかさで
  奇妙に曲がる 大きさ人並
  (不祥事尿道前蛋白大丈夫耐腎:
   ふしょうじにょうどうさきのたんぱくだいじょうぶだいじん)


解釈:
 読んだままの意味で、解説は不要だと思いますが・・・。
 毎年健康診断を受診し、蛋白も出ず腎臓も健康な初老の男性が詠んだ歌です。
 しかし、やはり寄る年波には勝てず、人並みだが潤いが無くカサカサで、しかも変な形に曲がってしまって単なる排泄機能しかなくなった己の姿を厠で再認識した時に詠んだようです。
      

第六九句

嵐吹く 三室の山の もみじ葉は
  竜田の川の 錦なりけり
   (能因法師:のういんほうし)
 
あらしお(粗塩)の 煮込み中の 揉みし端(は)は
  たった(断った)の皮の あかしなりけり
   (嚢陰包皮:のういんほうひ)

解釈:
  (あの店の)煮込みの中に入っている粗塩をふって揉んだ端切れ肉は、(手術で)除去した(私の)皮の あかし(証拠)なのだよ。
 作者の名前から推測されるとおり、大切な部分が、エリマキトカゲ状態だったようで、それを断って(切除して)もらった。
 「もう、わたしはエリマキトカゲでは無い。煮込みの中に端肉がその証拠だよ。」
 食品の偽装の発覚が多発した昨年でしたが、昔はもっと酷かったんすね。
 いくら肉が貴重な時代だったとはいえ、これはいけません。
 中国では「羊頭狗肉」、日本では「亀頭皮肉」だったようです。

      

第ニ一句

今日は七草粥ですね。
 
今来むと 言いしばかりに 長月の
  有明の月を 待ち出でづるかな
 (素性法師:そせいほうし)

今出ると 言いしばかりに 長待ちし  
  ありったけの 餅出ずるずるかな
     (粗相放屎:そそうほうし)

   
解釈:
 切羽詰った状態で公衆厠に入ったまでは良かった。
 戸を叩くと「今出る」との答えが返ってきたので、長いことじっと待っていた。
 しかし、限界に達してしまい、ありったけの餅(に例えた物)がずるずるとでてきてしまった。どうしよう?

 下の句の「餅」が何を意味しているかがわかると簡単に解釈できます。
 汚いと感じるかもしれませんが、現代でも、通勤途中で腹痛に見舞われ、やっと入ったトイレが満員ということはありますから作者の気持ちはよく分かります。
 とうとう漏らしてしまい、うなだれると同時にほっとした作者の気持ちが込められている名句です。
 ただ、詠み人の名前を見ると、普段から締まりのない人物だったような気もします。
 でも、不幸中の幸いは、「餅」であって「粥」でなかったことですね。